Mille's Breast Cancer Journey

ミルの乳がん闘病記 -50年後も夫と一緒に生きていたい!ー

入院前日

手術前の胸の写真を撮る

いよいよ明日は入院です。

夜、お風呂を出てから、切られる前の胸の写真を撮りました。
正面、真横、斜めと、いろんな角度から。

私は部分切除に決めたので胸がなくなるわけでもないし、しかも元々貧乳だし、名残惜しかったとかそういうわけではありません。

一応部分切除とは言え、1.3cmのがんの周りを2cmぐらい余裕を持って切り取るので、大体5cm×5cmぐらいの肉塊がごっそり持っていかれるわけで。

さすがにそこそこ形は変わるだろうから、術前と術後でどれぐらい変わったか比較したいなと思って、撮ってみました。

 

キャンサーギフト

「キャンサーギフト」という言葉がありますよね。
健康な時には気付けなかった、がんになったからこそ得られたもの、とかなんとかそんな意味。

今日は夫とこの言葉について話しました。

私、この言葉キライです。
夫も、私ほどではないにせよやはり疑問なようで、いい言葉風を醸し出してるけどどうなのって感じ…みたいなことを言っていました。

そんなもん、がんにならなかった健康な人生こそが一番のギフトに決まってんじゃんと思ってしまうわけです。

確かに、ほんの少しでも死の可能性に直面して、私も夫もお互いがどんなに大切な存在であるかをこれまで以上に認識できた…という一面はあります。

それだけは、不幸中のなんとやらではあったのかも知れません。(『良かったこと』と表現するのはどうしても腑に落ちない)

でもはっきり言って、これからずっと再発や転移の恐怖に晒され続け、怯え続けながら生きて行かなければならないんです。
転移したらもっと苦しい事もあるでしょう。

そんなものまで一緒に贈りつけておいて何がギフトだよと。

がん患者さん自身が、自分で自分のがんについて「これはギフトだ」と思うなら、それはいいんです。
その人はがんとの闘いの中でそこに光を見出したんだなと思うので。

でもどうしてもキャンサーギフトという言葉は、がんじゃない人が、がん患者に向けて「がんになっても悪いことばかりじゃないよ?ほら、前を向いて?」と言ってエールを贈る自分ステキ☆みたいな、ゾワゾワした感覚がするんです。

ただの綺麗事にしか聞こえないんですよね。

私は乳がんになる前からこの言葉は知っていて、その時から「何それ。そんなのがんにならない方がいいに決まってるじゃん」と思ってましたが、実際乳がんになった今もそう思ってるので、やっぱりこの言葉は好きになれません。

 

せな痛(せなつう)への恐怖

しかし目下の私の恐怖は「せな痛」です。
今回の入院で何が一番怖いかって、切られることでも何でもなく、とにかくせな痛です。

せな痛とは。
同じ体勢でずっと寝ていた時に襲ってくる背中の痛みのことを指します。

普段、休みの日に寝すぎた時なんかにも起こりますが、起き上ってしばらくすれば治りますよね?

でも手術後は体勢をめちゃくちゃ制限されます。
2017年に子宮筋腫切除で入院した時、術後翌朝まで上体を起こしてはいけないと言われて(横向きになるのはOK)、地獄の苦しみを味わったトラウマがあって、とにかく術後のせな痛が怖いんです。

切ったお腹より背中の方が100倍ぐらい痛くて一睡も出来ず、1時間おきにナースコール押して、体を右に向けてもらい or 左に向けてもらいを繰り返し、涙で翌朝を迎えたあのトラウマ…。

おっぱいは内臓ではないので、子宮筋腫の時ほどの長時間の体勢の制限はないと思いますが、今からビビりまくっています…。

 

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